大阪風邪引き事情
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昨日の記事がなぜ「横浜交通事情??3」なのかというと、2がまだだったからだ。
かの中華街のお店では、最初こそこちらで取り分けをしたのだが、お店の人が気の毒に思われたのだろうか。あとは、全部分けて下さった。
それはよかったのだが、それらを完食したために、たくさん頂いたことになる。
そのあとはタクシーでの移動だったので、残念ながらどこをどう通ったのか判らない。
2次会で、カラオケに行くことになった。
歩いて2・3分のところだというので、送っておいて戻ってくるつもりが、いつまで経っても着かない。しばらく歩いて角を廻るまではまぁしかたないかと思っていたが、先頭はどんどん歩いて行く。
左手の車道は、まだ宵の口だというのに、タクシーしか通っていない。大きな通りなのに、随分と寂しい通りだ。
と、先頭はまた迂る。最初の道と迂ってからの道を歩いたとほぼ同じくらいの距離に、めざすカラオケやがあった。
どう考えても、四角の三辺を通ってきたような気がするのだが……
こんなところから一人で帰るのは少々不安だし、結局最後までいた。最後は、【横浜】は今日も雨だったなどと唄っていた。
誰しも同じことを考えたと見えて、帰途は最後の一辺を通って帰ってきたのだった。
一応その日の内だったということにしておこう。
で、初日の横浜交通事情??は、終わり。
後で知ったのだが、泊まったところはツインと四人部屋しかないのだとか。朝食には、ご夫婦(多分)が多かったようだ。
次の日は、徒歩での移動で、桜木町へ。
横浜国際女子マラソンが通るというので、お昼前には交通規制がある模様。
で、昨日のチラッと見えた写真へと続くのだった。
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14日・15日と、横浜へ行ってきた。
14日は所用があったので、結局新大阪駅発15時過ぎという時間になった。
途中、Twitterで「イマココ」をはきだしながらの移動。
横浜は強い風が吹いていることなど、リアルタイムの天気も情報としてつぶやいて頂いたことに感謝。
新横浜駅下車は、何年ぶり(いや何十年ぶり)だろう。まったく覚えていない。最近は、そろそろ降り支度をと思う駅になっている。
さて、目指す場所は、中華街!
横浜在住の知人に聞いたところ、JRを使うなら乗車券はそのままでいけるし、石川町で降りるといいよということだった。
横浜線で桜木行きに乗って、東神奈川で乗り換えるのだという。(横浜からは根岸線らしい)
地下鉄はややこしいからと、彼女。
でも、店はみなとみらい線の元町・中華街駅の方が近い。ならば、挑戦しようじゃないの!
というわけで、横浜線は菊名駅で降り、東急東横線急行に乗り換える。モバイルSuica利用!シャリーン(って、言ったっけ?)
この線も、横浜からは「みなとみらい線」となるのだった。
まったく迷うことなく、元町・中華街駅到着。なになに?中華街へは2番出口か。店の名前は判っているし、楽勝だなぁと思って外へ出てみると、同じような名前のお店が林立している。あら?どこへ行けばいいの?
近くの店で聞いてみる。
「265も店があるから、名前だけではわからんねぇ。交番で聞いたら」とのこと。なるほど、そうなんや。大阪人やったら、もっと親切(=お節介)やでとは、心の中でもつぶやかない。
しかし、近くの派出所は「パトロール中」とのことで、「必要なときに間に合わないもの ナンバーワン?」だから仕方ないか。
でも、なぜか程なく無事に到着できて、おいしいお料理を満喫できたのでした。
またゆっくり来てみたいなぁ。
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今ちょうど、「生活ホッとモーニング」の「この人にときめき」で、服部克久氏が出ておられる。(9時前記)
通りかかったときに、あるメロディーが聞こえてきた。始まって間もなくだろう。
「あ、これは…」と思って聞いてみる。
アナウンサーは首をかしげていたが、主メロディーと合わすと判ったらしい。
「昴」で、一番好きなところだ。
以前この部分について書いているのだが、いつ頃だったかなぁ。
「昴」と言えば谷村新司作詞・作曲という風に思われているが、こういう風に曲を盛り上げているのだと、あらためて判った。
当日追記
見つかりました。
谷村新司【昴】(08.05.10)
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森繁久弥さん死去、96歳 大衆芸能で初の文化勲章(asahi.com)
老衰だという。おめでたいのかもしれない。
森繁氏は、当地の出身者である。
晩年は、「三等重役」や「日曜名作座」での加藤道子さんとの絶妙の対話とは、違うキャラクターになった気がするが、幅広く活躍された方だった。
久世光彦氏の告別式に寄せた手紙を、思い出す。
今頃は、向田邦子さんもご一緒に、三人で楽しく語らっていらっしゃるだろうか。
関連記事
久世光彦【触れもせで】(06.02.22)
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かにかくに…谷崎の間違い指摘せず 吉井勇の草稿発見(asahi.com)
かにかくに 祇園はこひし
寝るときも
枕のしたを 水のながるる
この有名な歌に対して、谷崎潤一郎が『祇園はこひし 寝るときも』は、『祇園はうれし 酔ひざめの』だったと述べていたことに関するもの。
記事によると、東京の古書店で草稿を見つけた方が、発表なさったという。
吉井が「これは何かの思い違い」と書いていた部分が、線で消されている。
手書きの原稿がいいなと思うのは、こんな時だ。勿論、再度清書する人もいるだろうが、ワープロならば一瞬のうちに消えてしまうものが、作者の逡巡などが伝わってきて、面白い。
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はじめて阿修羅に会ったのは、高校生の頃だった。
写真で惹かれて、ついに実像?に会いに出かけたのだった。
当時は、国宝館におわしたのではなかったか。そして、日を決めての特別拝観などではなかった。
入り口を入ると、多分十大弟子像や八部衆が順に展示されており、阿修羅は少し奥まったところにいらした。
周りには人がおらず、すぐ下から静かに眺めることが出来た。
長い時間、ボーッと見上げていた。
今年、阿修羅像は東京・福岡と廻り、多くの人に注目された。
帰奈した八部衆を「お堂で見る阿修羅」と題して、釈迦三尊と一緒に仮金堂での展示である。
初日の10月17日は、「長蛇の列」だったとか。
入るまでだけでなく、お堂の中でも、係員が必死で「留まるな」と繰り返している。静謐とはほど遠い、展覧会のような雰囲気であった。
お釈迦様を後ろに、堂の真ん中に立っている阿修羅が、何故かいたわしく感じるのだった。
外で待っているときには汗ばむような陽気だったが、堂から出ると雲が広がり、ポツンと降ってくるものがあった。
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