葬式考
もう何年くらい前のことだろう。「自分が死んでも葬式はしないように」と息子達にいったとき、長男は「近所の人たちにそう宣言しとけよ。世間体というものがある」と言った。彼が世間体という言葉を発したのがおかしかったが、自分は彼らに死後を託すつもりだった。
それが逆縁になり、否応なく色々なことに直面した。そのことはまた書けるときが来るかもしれないが、「葉桜日記」のTompeiさんの仰有っている「自分の葬式にかけてほしい曲」に反応してしまった。
「主よみもとに近づかん」これはよく歌った。
「神ともにいまして」は、「私は貝になりたい」を思い出す。
そして、「セイリング」こういう意味合いで捉えるのもいいか!
「葉桜日記」から 引用。トラックバックさせて頂きました。
∥「お名残は尽きませんが、一足先に参ります」という思いをこめて。
| 固定リンク
« 月命日:夏が来た | トップページ | 偶然と必然 »
「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事
- 無印良品(2025.12.05)
- 「旅行財布」(2025.12.03)
- がん5年後生存率(2025.11.19)
- ドラム式洗濯乾燥機(2025.11.17)
- duolingo:プロフィールを外す(2025.11.12)



コメント
涼さん、トラックバックをしていただき、ありがとうございました。
「主よみもとに近づかん」は、映画『タイタニック』で使われていましたね。中学からキリスト教の学校で学んだ私には、お経よりも聖書や讃美歌になじみがあります。
息子さんのこと……おつらいですね。子どものない私にもその悲しみは想像できます。人生にはいろいろなことがあるんだなぁ、としみじみ思います。何と言ったらよいかわからず、ただ言葉の無力さを痛感しています。
投稿: Tompei | 2004.06.28 07:36
こんにちは、涼さん。
このたびは、お越し下さいまして
ありがとうございました。
サイトの方も読ませていただきました。
なんと言えばいいか、わかりません。
ですが、お気持ちは少し解る気がします。
話題としても、偶然ですね。
ところで、世間体、という言葉ですが、
父が、先日の祖母の葬儀での祭壇を見て、
『俺の時はこんなに派手でなくていいから』
といってました。
ぼくは、「まあ、本人がそれでいいならいいけど、
お父さんの社会的な世間体があるんちゃう?」
と、何気なく応えてしまいました。
人が逝く、ということは、
世間体で全てが決まるのでしょうか。
ぼくにはまだよく解りません。
投稿: bonkora | 2004.06.28 12:11
Tompeiさん、リンクを張らせて頂きました。有り難うございました。
「セイリング」ですけど、今歌詞を思い出そうとしても出てこないのです (-_-;)
西城君が歌っていたのは、知りませんでした。
投稿: 涼 | 2004.06.28 17:59
bonkoraさん、こちらへもお越し頂き有り難うございます。
∥人が逝く、ということは、
∥世間体で全てが決まるのでしょうか。
∥ぼくにはまだよく解りません。
この年になってもよくわかりません。どちらかというと世間体などあまり気にせずに過ごしてきたような気もします。それでも時折そうした言葉が(自分の中で)頭の中をよぎります。
投稿: 涼 | 2004.06.28 18:02