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2005.11.27

月命日:生きているということ

このブログを始めたきっかけが追憶であるとは書いた。そのために、徹也が書いた本のことや自分の思いなどを綴っていきたいと。
しかし、自分の軌跡を記すという意味もあって毎日何か書こうと決めたものの、それがいつも上記のことに関連しているとは限らない。
いや、そうしたことだけで埋められた日記は、却って鬱陶しいものになることもあるだろう。

生きているということは、残酷だ。生きていくためには、食べなければならぬ。いつも思い出しているとはいっても、会議中や講習会中に思い出に浸っているわけではない。
清潔を保つために、いや単にリラックスするが為にではあっても、入浴することも必要だ。風呂場という一人の空間で涙することが多いとはいえ、入浴行為そのものは追憶ではない。

しかし、こうしたことを書くことによって、また読んでいただくことによって、自分自身に何かの影響を与えていることは間違いない。

マダムLinの人生の深度を読ませていただいたことがきっかけになって、ブログを始めた頃のことも思い出させていただいた。

ブログというのは、こうした得難い出会いをも又もたらしてくれるのだ。
トラックバックさせていただきました。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

こんにちは。

>生きているということは、残酷だ。生きていくためには、食べなければならぬ。

涼さんの文章からその「生きている日常」が手に取るように感じられます。

その反面、自分の子の寝顔などを見るとき、
「ああ涼さんはこんなにも愛しいものを失くされたのだ」という思いもあらたにします。

自分の身に置き換えるなんてまるでできないことですし、無意味なことかもしれませんが、
でも涼さんのブログに出会えたことは私という人間にとってやはり得がたいことでした。

追悼の文章も日々の生活の文章もそれは同じ重みを私に投げかけてくれています。

いつもありがとうございます。

投稿: ぞふぃ | 2005.11.28 12:28

ぞふぃさん、コメントをありがとうございます。

「言葉が紡ぎ出すつながり」というのが、ブログの一つの側面としてあると思うのです。それは結果としてではありますが、現実社会でのつながりとは又別の、色々考えさせて頂ける 得難い交流だとおもうのですね。

こうして読んでいただいていることで、一人の人間の「生きていたこと」が鮮やかに甦ってくるような気がしています。

ありがとうございます。

投稿: | 2005.11.28 12:51

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