久世光彦【触れもせで】
久世光彦〔著〕 出版 講談社(講談社文庫) 発売日 1996.4 定価 \470 (本体 : \448) ISBN 4-06-263075-3 bk1で詳しく見る |
朗読をしている人は、向田邦子が好きだ。発表会の演目には、必ずと言っていいほど選ばれていたものである。
その簡潔な文章、収まりのいい展開、丁度いい長さ。
向田さんのエッセイは殆ど読んでいると思っていたが、その執筆は脚本に比べてかなり後年だったことが意外だった。
その辺りのいきさつも、著者と向田さんのやりとりで知ると興味深い。
本書の出版は向田さんが飛行機事故で亡くなってから丁度10年後の1992年だから、妹の和子さんが書いた「向田邦子の恋文」は、まだ世に出ていない。この時から更に10年を待つことになる。
向田さんの脚本の殆どをプロジュースした著者が、10年を経てもなお忘れることのない色々な思い出。夜を徹して話し合ったことは、仕事のことだけではなかった。むしろ、脱線してそれぞれの生きてきた中での話が弾んでしまう。そうではあっても、
原稿の書きすぎで肩が凝ると向田さんが言っても、私は気軽に揉んであげようという気になったことがない。その代わり、帰りしなに私の洋服の肩にゴミがついていても、あの人は注意してくれるだけで、決して手を伸ばして取ってくれようとはしなかった。
熱い肌を幾度合わせたって何もわからない人もいる。指一本触れもせず、十年経ってしきりと恋しい人もいる。人と人って何だろう、と考える。
昨年の正月、久世氏の演出で『向田邦子の恋文』がドラマ化された。山口智子演じる向田和子は、はまり役だった。本書にも出てくる、二人が勝手にその方の弟子だと称している森繁久弥の特別出演もあった。
もっともドラマの中での邦子の恋のいいわけは、潔いとは言えなかったが。
3月8日追記
久世光彦氏は、今月2日になくなられた。享年70歳。まだまだ活躍していただけたであろうに。訃報を知ったときにはビックリした。
昨日(7日)、告別式が行われたという。向田さん原作の「寺内貫太郎一家」に主演した小林亜星氏が『あなたは実に繊細で日本男児の美学を大切にした人。日本人が忘れてはいけないものを命がけで示してくれた』と弔辞を延べ、92歳の森繁久弥氏は『君ゆきぬ こともなげに 大ぜいへのあいさつも… 何とかなしいことだろう 私はすでに言葉も失って 失ってただ 右往左往するばかりです あなたは 心臓が悪かった様ですね 余りの悲しみに 悲しみぬけません』という手紙を寄せたという。
今ごろは、向田さんとお二人で楽しく語り合っていらっしゃるだろうか。
関連ニュース:日本男児の美学貫いた…久世光彦さん告別式で最後の別れ
Tompeiさんの久世さんのドラマに、トラックバックさせていただきました。
触れもせで
1996年4月15日第1刷発行
1997年2月14日第2刷発行
| 固定リンク
「書籍・雑誌」カテゴリの記事
- 宮嶋未奈【婚活マエストロ】(2025.01.16)
- 三浦しをん【ゆびさきに魔法】(2025.01.12)
- 西村京太郎【新装版 殺しの双曲線】(2025.01.10)
- 綾辻行人【十角館の殺人 新装版】再読(2025.01.06)
- 帚木蓬生【花散る里の病棟】(2025.01.04)
コメント
トラックバックありがとうございます。
この記事を改めて読ませていただいて、この本を「絶対読もう」と決めました。私は向田さんのエッセイが大好きで、その生き方にあこがれていました。こんな大人の女性になりたいと思っていました。
いま調べたら、向田さんが『父の詫び状』を書かれたのはちょうど今の私くらいであることが判明。思わずがっくり、力が抜けました。比べるのもおこがましいけれど、あまりにも違いすぎる……。
涼さんのTBのおかげで、いろいろ考えるきっかけになりました。
投稿: Tompei | 2006.03.08 18:11
これを書いて旬日を経ずしての訃報、ただただ驚きました。
もっと書きたかったこともあり、とてもとても言い表せたとは言えません。どうか、お読み下さって確かめてください。
また新たな思いなどあり、忘れられない本になりそうです。
投稿: 涼 | 2006.03.08 18:46