死んだらアカン!
今いじめにあって、死にたいと思っている君へ。
あさのあつこさんからのメッセージ(朝日新聞11月20日付朝刊)
ご自身が中学時代、教師が文章を褒めてくれたひとことで物書きになることに自信を持ったというあさのさん。
もし前日に私がいなくなっていたら、こんなすばらしい瞬間に出会えませんでした。こうした瞬間が来るのは明日かもしれないし、10年後かもしれません。(中略)「すばらしい瞬間は必ず来ます」
人は生きていれば必ず、だれかに支えられるだけでなく、だれかを支えています。
死んだらアカン!
学校なんて、命をかけてまで行くとことちがう。
しんどいんやったら、休み。
「がっこう行くの、しんどい。いじめられてる」言うて、とにかく休み。
それからゆっくり、どうしたらええか、周りの人と一緒に考えよ。
いじめてる子の気持ちも考えろやて?そんなこと、教師や大人の仕事や。
「そんなことくらいで」やて?
大人社会でも普通にあることやて?
大人と子どもはちがうんや。子どもは守られやなアカンねん。
病気や事故で、生きることに未練がありながら、死んでいった子どもや若者かていてるんや。
自分から命を絶ったら、アカン!
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コメント
「死んだらアカン」
声を大きくして言いたい。
随分前。何年前か忘れたが、11月23日。
警察からの電話で教え子の家へ走った。
窓も扉も開け放されているのに物凄くガス臭い。
母親と女の子が自殺した。壁にかかっている服と机の横のランドセルが悲しかった。
後日挨拶に来た父親に葬儀の日を聞いたら、田舎でしますという。
祈るしかなかった。
それから私は「どんなことがあっても、自殺はダメ・人を殺すのもダメ」命はひとつを繰り返した。
11月になると、母娘を思い出す。合掌。
投稿: 澪 | 2006.11.19 09:26
澪さん、コメントをありがとうございます。
「命は一つ」その通りですね。残されたもののことを考えてほしいです。
投稿: 涼 | 2006.11.23 22:48
大河内君、伊藤君、京子さん、前島君‥‥‥名前を憶え切れない。
みんないじめで命を絶った。
病で逝った知人の子どもたち、生きたくても生きられなかった。
自ら命を絶つ…どんなに苦しくても、そんなことがあって善いはずがない。
独りっ子の娘…まる6年間、いじめに遭い続け。
父母である私たち、一緒に駈けずりまわり。
いじめ4年目、身体症状が出はじめて。
小児科受診、「内臓には異常なし。精神的なものからですね…」。
苦しんでいる子どもさんたちに「ごめんなさい」とつぶやき、横入りして臨床心理士の下、吐き出しの作業10ヶ月間。
「行ってらっしゃい」の代わりに「学校なんか行かないで…」。「大丈夫。見ていてくれる人がいるから、大丈夫」。朝の玄関、ひと時の押し問答。
夕食時、異様にはしゃぐ。
「はしゃぎ過ぎには気をつけろ!」の一語を胸に刻み、箸を運ぶ。
2階の娘に声掛ける。
「久し振り…今夜は川の字といこうか!」。
「いじめている子にも、人権があります。いじめられてる子を、親御さんはどうしてほしいんですか?」。生徒指導の荒い息づかい。
「フォローしていただきたい」に間髪を入れず「フォローなんていうものは、当事者が感じれば良いことです」。ふんぞり返って、持っていたペンを放り投げ言い放った、生徒指導の言葉・イントネーション・表情…今も忘れない。
「学校なんて、命を掛けてまで行くところではない」…200%、同感。
学校…24歳の初春、ようやく行かないでくれるようになった娘。
取り戻せたか、と一見思えた元気と明るさ…トラウマの怖さを突き付けられる…今もなお。
今、宅配便を娘に送る準備。親にもまた、トラウマは重く。
投稿: hiro | 2010.09.14 15:44