祥月命日:あきらめる
早いもので、4年の歳月が流れた。
「あきらめる」という言葉の語源は、「明らむ」すなわち「事情などをはっきりさせること」だという。
そして大切なのは、自分にできることと出来ないことを区別し、出来ないことはやめること。
どんなに努力しても心身や情況が元に戻らないのならば、時間をかけてあきらめることを学ぶ必要があるのだという人もいる。
『あきらめる』、長い道程である。
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コメント
重いです。
ずっしり詰まっていて美しい文章、いや美しい詩だなあと・・・。
今、ヴェルディのレクイエムを聴いています。
パヴァロッティの元気過ぎるテノールを聴きたくなる時はめったになくて長い間しまい込んだままになっていたのですが、訃報を聞いてこのCDのことを思い出しました。
久々に聴いてみると感じるのはパワーではなく、意外なことに敬虔さです。この世を去った人の歌声はこの上なく美しい。
投稿: 豆柴 | 2007.09.13 21:10