絲山秋子【イッツ・オンリー・トーク】
イッツ・オンリー・トーク | |
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【文學界新人賞(第96回)】東京、蒲田−。下町でも山の手でもない、なぜか肌にしっくりなじむ町。逃げない、媚びない、イジケない、それが「私」、蒲田流。おかしくて、じんわり心に沁みる短篇集。
著者のデビュー作だという。
芥川賞受賞作沖で待つ併録の「勤労感謝の日」とやや似た作風。
本作よりは、併録の「第七障害】が面白かった。
「沖で待つ」や「海の仙人」と通じるところがある。
障害レースで人馬転倒して馬を安楽死させなければならなかった順子は、それがトラウマとなってなかなか立ち直れない。
高崎から東京へ出てきたのも、そんな痛手を忘れるためだった。
そんな時再会したかつてのライバル篤は、ゆっくりと順子を回復させていく。
順子が思い出す馬 ゴッドヒップの様子に、心なごむ。
袖についたセロテープを剥がして、口にくわえたまま嬉しそうに顔を振る。しばらくするとまた催促するから、袖口にセロテープを貼ると、剥がして頭を振る。
情景を想像すると、自然に顔がほころんでくる。
篤に連れてきて貰った場所で、順子は「馬が買いたいな」と言えるようになった。
「なんだかこの世の果てみたい」 「俺は逆だな。ここが世界の始まりだよ」 「そう?」 「何度来ても昨日生まれたような感じがするんだ」(中略) 馬の天国というのはこんな場所かもしれない、と順子は思った。湖畔のなだらかな草原で草を食んでいるゴッドヒップの姿が浮かんだ。その光景を順子はほほえましく胸の中にしまった。
イッツ・オンリー・トーク
2006年5月10日第1刷
2007年2月15日第2刷
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