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2008.05.31

◆有栖川有栖【白い兎が逃げる】

有栖川有栖〔著〕
出版 光文社(光文社文庫)
発売日 2007.1
定価 ¥680 (本体 : ¥648)
ISBN 978-4-334-74178-5


ストーカー行為に悩む劇団女優清水玲奈。彼女を変質者から引き離すプランは成功した筈だった。ところがストーカーの死体が発見され、事件は思わぬ展開に。臨床犯罪学者火村英生の論理的思考が冴える4編。『ジャーロ』等掲載。

takoさんに教えて頂いて、購入。
表題作の他に、【不在の証明】【地下室の処刑】【比類のない神々しいような瞬間】の三編を収録。
いずれも、アリスと火村助教授に、大阪・京都府警が登場。

これも、なじみの土地が出てきて、判りやすい。
「私も阪急百貨店の地下でお弁当を仕入れてから新大阪に向かおうかな」などというセリフも出てくる。


【白い兎が逃げる】だけで、ほぼ半分を占めている。これだけで、(やや薄いが)独立した一冊になりそうだ。

【不在の証明】は、双子の兄弟が出てくる。双子が出てきて不在証明と来ればマジックミラーを思い出すが、今回は二人の協力ではなかった。

【比類のない神々しいような瞬間】とは、死の瞬間のことのようだ。アリスがダイイングメッセージを使った小説を書くという設定は、実は著者そのものの話ではなかろうか。
はじめてダイイングメッセージを用いたといわれる【Xの悲劇】を、大いにくさしている。あれは、誰が読んでもこじつけも甚だしいが、ダイイングメッセージというのはそもそもあり得るのだろうか?

さて、【白い兎が逃げる】は、一種の鉄道ミステリー。
関空行きの南海特急「ラピート」と、JRの「はるか」、それにJR特急「白兎」などが登場。
ミステリーとしては、割合早く犯人が判る。だが、動機が判らない。
それに、この時刻表トリックは、少々、いやかなり苦しい。難波から新大阪までタクシーを使うというが、地下鉄を使う方が確実かなという気もする。しかし、南海の難波から御堂筋線の難波までは、5分以上かかる。それに、スイスイとは歩けないし。
また、新大阪で地下鉄を降りても、スッとJRの駅には入れない。
タクシーなら、駅の真ん前につけてくれるが、新御堂筋が混んだらお手上げだ。危険なトリックだと言えよう。

それにしても、兎と亀ですからねぇ。


takoさんの、有栖川有栖/白い兎が逃げるに、トラックバックさせていただきます。

有栖川有栖 索引

白い兎が逃げる
2007年1月20日初版1刷発行


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2008.05.30

ダービー

夕食時、つれあいと長男がダービー騎手の数がどうとかという話をしている。

「この間JRAの広告見たけど……」と、話に割ってはいる。
「あ、大泉洋か」
「??おおいずみ よう?ちがう、佐藤浩市!」
「大泉洋も、有名人やで」

大泉洋? 聞いたことあるなぁ。

「北海道に住んでいて……」
「あー」
「なんや、突然突拍子もない声だすなよ」

そうやったんや!すみません。まったく結びつかなかった。
「名前覚えてなんぼ」の商売していたのに、このざまは何だ。
そして、広告に出ていた顔は思い出せない。

つづきは……


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せこい

勝手に関西世界遺産
登録番号169回 せこい(asahi.com)


ちゃんと辞書にある言葉だというから、驚く。

〔役者・寄席芸人の隠語から〕
(1)悪い。醜い。下手だ。くだらない。
「巧いね。是ぢや、喜代寿の三糸でも決して―・か無いね/初すがた(天外)」
(2)少ない。けちだ。しみったれている。
「―・い奴だ」
(3)料簡(りようけん)が狭い。いじましい。
「―・い考え」

「いじましい」という意味で使うことが多いようだ。
徳島では「苦しい」の意意味があるというから、要注意だ。
今度徳島の人に、聞いてみよう。



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2008.05.29

風野真知雄【谷中黒猫殺人事件】


風野真知雄〔著〕
出版 大和書房(だいわ文庫)
発売日 2007.8
定価 ¥680 (本体 : ¥648)
ISBN 978-4-479-30117-2

黒猫に反応して、何気なく買った一冊。

美人姉妹が住む谷中の「猫屋敷」で事件が発生した。 火付け盗賊改方の長谷川平蔵(鬼平)が処理した事件に、「猫屋敷」は関係あるのか――。

奇談集『耳袋』を書き記した赤鬼奉行根岸肥前が、江戸に起きる怪事件の謎を次々解き明かす。
著者の名前ははじめてだが、これはシリーズものらしい。文庫書き下ろしとある。

『耳袋』というのは実在する奇談集のようで、たしか宮部みゆきの小説にも出てきたと思う。
鬼平は亡くなっているが、寛政の改革を行った松平定信も登場。

5話から成る短編集の体裁を取って一話ずつ一応完結させているが、(事件に関係した)登場人物も「猫屋敷」に関連してふたたび出てくる。

表に出てくる話の筋から裏をあぶり出す赤鬼奉行の腕は、鮮やかだ。
正反対の性格である、奉行の家来と同心の掛合が面白い。

江戸の街が活写されているが、悲しいことにピンとこない。.
久々に、東京時代MAPを取り出す。

お江戸オフな皆さまなら、きっとより楽しむことがお出来になるのではと思った次第。


谷中黒猫殺人事件
2007年8月15日第1刷発行
2008年1月20日第4刷発行


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「西の魔女が死んだ」映画化

takoさんに、教えていただきました。

西の魔女が死んだ(レビュー:04.10.21)が、映画化されるようだ。

主演のサチ・パーカーは、シャーリー・マクレーンの娘さん。

映画オフィシャルサイト


おばあちゃんと過ごした場所については、やはり映像は強いなと思う。
清里高原でのロケだという。
この場所をジャケットにした主題歌手嶌 葵さんの「虹」が、6月4日に発売の予定。


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2008.05.28

タスポ利用進まず

先日コンビニで、「たばこのぼり」なるものを見た。
次の日曜日(6月1日)から、タスポが関西でも導入される。コンビニでは、対面だからカード無しで買えるのだ。

朝刊に、たばこ自販機成人識別カード「タスポ」利用進まずという記事が出ていた。

5月に導入された中国・四国地方では発行数が喫煙者の2割に満たないなか、カード不要のコンビニエンスストアでは客が増え「タスポ特需」に沸く。
という。機械導入にもお金がかかり、廃業するタバコ販売店もあるとか。


一番重要な行事が終わり、ホッとしての帰宅途中。いつの間にか、百合が咲いていた。

百合

百合の蘂(しべ)
みなりんりんと
ふるひけり
川端茅舎



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2008.05.27

小杉健治【絆】

小杉 健治〔著〕
出版 集英社(集英社文庫)
発売日 1990.6
定価 ¥560 (本体 : ¥533)
ISBN 4-08-749596-5

法廷ミステリー。
昨日、新幹線内で読了。家族の絆について、考えさせられた。

゛夫殺し"の起訴事実を、すべて認めた被告弓岡奈緒子。執拗に無実を主張する原島弁護士。 だが、裁判の進行につれて明らかになる秘められた意外な真実とは。

突然襲いかかってきた災難と対するに、この家族に他の道はなかったのか?


物語の進行は、新聞記者の「私」が語っていく形を取っている。裁判を傍聴し、被告や次々と現れる証人の話を聞く。
実は「私」は、子どもの頃 告人奈緒子の近所に住んでいたのだった。
奈緒子の上の弟寛ちゃんは、少しチエ遅れ。だが、優しくて近所の大人からも子どもからも愛されていた。その寛ちゃんを、家族は心底愛していた。

寛ちゃんは、ある日突然いなくなったのだった。裁判の進行の合間に「私」の少年時代の思い出を絡ませながら、それがまた真実への緒になっている。このあたりの話の展開は、うまい。

二重三重に張り巡らされた真実への壁を、原島弁護士は次々と破っていく。


並行して語られるのは、「私」の妻が流産のあとやっと身ごもった子どもが、先天的な障害があるかもしれないということ。「私」自身の、子どもへの対し方も問われているのだった。


この原島弁護士のものは、他にもあるようだ。




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月命日:これしかなかったか?

出来ることはなかったのか?



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2008.05.26

著作権一括許諾

覚え書き取り交わし
嬉しい!

by モブログ(新幹線にて)


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2008.05.25

西村京太郎【鉄路に咲く物語】

鉄路に咲く物語

鉄路に咲く物語西村京太郎〔選〕日本ペンクラブ〔編〕
出版 光文社(光文社文庫)
発売日 2005.6
定価 ¥560 (本体 : ¥533)
ISBN 4-334-73897-4

表紙の絵は、以前はどこにでもあった鉄道駅。ホームに立つ後ろ姿は、涼です(笑)。
いえ、冗談ではなく、夏になれば降り立った越美南線(現 長良川鉄道)の某駅そっくりです。(夏は白い服をよく来ていたし)
左側は、吉田川へと続いています。ベンチに腰掛ければ、目の前に 白山が見えます。


さて本書は、11の短編から成る「鉄道小説アンソロジー」。
西村京太郎氏選だが、いわゆる鉄道ミステリーばかりではない。

トップは、芥川龍之介の「蜜柑」。

汽車というものは都会の電車と違って、全てロマンスシートだと思い込んでいた。当然この車輌もそうだとして、著者と小娘の位置関係に悩んだっけ。


疲労と倦怠を抱えている都会に住むインテリが、一人の娘が汽車の窓から投げた蜜柑によって、「不可解な、下等な、退屈な人生」を忘れられるというもの。

冒頭の

とうに電燈のついた客車の中には、珍しく私のほかに一人も乗客はいなかった。外を覗くと、うす暗いプラットフォオムにも、今日は珍しく見送りの人影さえ跡を絶って、ただ、檻に入れられた子犬が、一匹、時々悲しそうに、吠え立てていた。
と、人生の倦怠を描写した著者は、最終部分で

暮色を帯びた町はずれの踏切りと、小鳥のように声を挙げた三人の子供たちと、そうしてその上に乱舞する鮮な蜜柑の色と――
と、今度は明るい色を持ってきている。


いずれも胸に響く短篇ばかりだが、好きだったのは、村田喜代子の「鋼索電車」だ。鋼索電車とは、ケーブルカーのこと。
近くの山にケーブルカーが通るようになり、それは麓に住む姉と弟の暮らしに多少影響を与えていく。

U山は尾根を長くひいた、ケーブルカーの似合う山である。春さき、青むらさき色に霞んだ山腹に、あちこち桜のまだら模様が混じる。その長い斜面にY字形のケーブルカーの線路が光り、静かに昇降するケーブルカーの姿が見えた。
こんな景色が、まさに目の前に浮かぶではないか。

なぜ、弟は家族と離れて遠く貰われていかねばならなかったのか?
わたし(姉)と弟は、それ以来会うことがかなわなかったのだ。
鋼索電車は、何を暗示していたのだろう。


消えゆく都電の沿線で写真館を営む一家を描いた、浅田次郎の「青い火花」もよかった。


ほかに、綾辻行人「鉄橋」 北村薫「夏の日々」 黒井千次「子供のいる駅」 志賀直哉「灰色の月」 西村京太郎「殺人はサヨナラ列車の中で」 宮本輝「駅」 山本文緒「ブラック・ティー」。
最後が、H・ヘミングウェイの「汽車の旅」。



鉄路に咲く物語
2005年6月20日初版1刷発行


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2008.05.24

ネット10年

すっかり忘れていたが、この3月あたりでネットを始めて10年になるのだった。

パソコンについてはもう少し早く、いわゆるDOS時代から使っている。
始めた動機はかなり「不純」なものだったのが、キーボードアレルギーは全くなかったので、それが救いだった。

その内「ウインドウズ」なるものが出てきて、「マウス」(の軌跡)を見るようになる。

とまれ、この「98年」というのは、パソコン関連で実に色々なことがあった年だった。(これらについては また……)


土曜日に、二人とも家にいるのは珍しい。完全に、日曜日と勘違いしていた。
雨足がひどくなってきた。今晩も降るのだろうか。

若葉

若葉雨
なにかやさしく
ものを言ふ
西島麦南



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2008.05.23

小満

小満(しょうまん)とは、二十四節気の一つ。今年は21日だった。だが、この日から芒種までの期間でもあるそうで、ちょうど今の時期に当たる。

万物が次第に成長して、一定の大きさに達して来る頃で、旧暦四月の中頃だという。

昨日、帽子も被らずに歩いていたので、帰宅してからもなかなか疲れが取れなかった。
今日も、暑い。


同じカエデ若葉でも、緑の色が微妙に違う。勿論、陽の当たり方にもよるのだが。

080518green650_2

若楓(わかカエデ)
枝を平にうち重ね

富安風生



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2008.05.22

現地調査

バリアフリーの現地調査ということで、昔なじみが深かった場所へ行ってきた。

まずは、駅から。帰宅時、電車を待つほんのつかの間 急いで食べたホームのそば屋は健在だった。
驚いたことに、ホームにトイレが出来ていた。設置されてから、まだ6・7年目だという。

階段を上って点字ブロックに沿ってホームを歩くとして、さてどこで止まって待っているべきか。ホームの乗車位置は、わずかに盛り上がってはいるが、点字ブロックからはわかりにくいだろう。
大概の人は、最初は気配で覚え、いつも使うようになると、右へ(あるいは左へ)曲がってどれくらいと覚え込んでいるのだろう。
一方、一つの場所をいつも利用していると、新しく変わったことに気付くのが遅くなる。

駅員さんは、コンコースに点字案内板がありますと仰有っていた。ところが、その点字案内板の方がトイレより先に出来ていたのだろう。そこには、ホームのトイレ案内がないのだった。


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2008.05.21

囲炉裏火は……

お風呂に入っていて、思い出した。

圍爐裏(いろり)のはたに 繩なふ父は
過ぎし昔の 思いで語る
のつづきは、
居並(いなら)ぶ子どもは 指を折りつつ、
日数数えて、(なんだったかなぁ?喜び勇む?)。

一番も二番も、最後の二節は

圍爐裏火はとろとろ
外は吹雪

こんな季節に、囲炉裏も吹雪もないが……

関連記事
礒のカニ(08.05.20)


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2008.05.20

礒のカニ

高く鼻つくいその香に、不斷の花の かをりあり。
なぎさの松に 吹く風を、いみじき樂と 我は聞く。
(文部省唱歌「我は海の子」より)
「いその香(か)に」を「磯の蟹って、なんて言う蟹ですか」と、真面目に?尋ねたという若者の話を聞いた。

この歌に限らず、文部省唱歌や校歌には、聞いただけでは意味の解らないものが多い。

引用したところでも、「不断の花」も「フダンソウ」という「花」だと思っていた。これはさらに、「ヒャクニチソウ」あたりと勘違いしていたのだろう。

この歌の2番に「煙たなびく苫屋こそ」という個所がある。この「とまや」の意味を知ったのも、後年だ。

この歌は昨年、「日本の歌百選」に選ばれたのだったか?
Wikipediaによると、「1947年から現在まで小学校では3番まで教えられている」とある。
まだあるんだ!下のチビさんの教科書を見てみよう。

ところで、7番を見ると

いで軍艦に乗組みて
我は護(まも)らん海の国
とある。
時代を反映しているのだろう。


それで思い出した。
同じく文部省唱歌で、まったく逆の季節の歌に「冬の夜」というのがある。これの2番は、

圍爐裏(いろり)のはたに 繩なふ父は
過ぎし昔の 思いで語る
だった。 母が、本当は『過ぎしいくさの手柄を語る』だと教えてくれたのを覚えている。 続く2行は、
居並(いなら)ぶ子どもは ねむさ忘れて、
耳を傾け、こぶしを握る。
だとすると、変えられた歌のこの部分は何だったか? どうしても思い出せない。

この歌をご存じの方は、少ないだろうな(一度触れたような気もするが……)。



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2008.05.19

ブログに書くこと

毎年同じ時期に同じような事をするので、年ごとに手際はよくなっているはずだ(とも言えるし、年に一回のことだから忘れてしまっていることが多いのが現実だとも言える)。
それなのに、何故今年もこうせっぱ詰まって忙しいのだろう。と書いてみて、思い当たる。去年はなかったことが、かなり増えているのだった。


と、当初の目的からどんどん離れて、今やグチの捨て所のようになってしまっているここだが、書かないように意識していることもある。

受けとり方は色々あるから一概には言えないが、一般論として、お読みいただいて不愉快になることは避けたい。
また、こうしたお気楽人間の書くことであるから、政治や宗教に関しても敢えて避けているふしもある。


それでは何故こうしたタイトルを持ってきたかというと、最近ちょっと気になることがあったからだ。

知人のブログで、ご近所のことに触れられていたそうだ。しかも不快感を抱いたことを書いていたという。自分は直接その記事を読んだのではないが、話を聞いてみるとなるほど知人がそう思うのもむべなるかなという気はする。だが同時に、よく書いたなぁとも思ったのだった。


さらに、書かないという選択肢もある。
ブログを見ている人の環境に配慮して、遊びほうけている姿を晒さないのは、賢明な選択だろう。

実家の窮状を救うべく帰郷した人が、ブログへは「楽しい旅の思い出しか書かない」と仰有っていた。勿論この場合、職場の友人たちは彼の立場を熟知している。それを敢えて、「楽しい旅」として書くことに共感を覚えこそすれ、反発する人はいないだろう。

だが、たとえば介護をしている知人に配慮してあまり遊びほうけているようにとられることを書かないといったやさしさがあってもいいのかなとも思う。

また、忙しくしている同朋への配慮としては、せめて自分の仕事を処理する姿勢を見せるなり、引き受けるなりすることで、相手に与える印象も違ってこよう。

いっそこういう時は、遠慮して書かないという配慮があってもいいのではなかろうか。などと思う今日この頃であった。多分忙しすぎて疲れているのだろう。


当日追記

友人に対しては、かなり思い切ったことを書いていることもある。読んで頂いたとすれば、それはメッセージとして伝わる。また 仮に誤解を招くことがあったとしても、フォローできる関係にあると思うから。


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2008.05.18

後期高齢者

「こうきこうれいしゃ」と入力したら、最初の候補は「好機」だった(苦笑)。

さて、顰蹙を買っているこの言葉だが、ニュースに疎いので詳しい経緯は知らない。
「後期高齢者医療制度」という公的医療保険が発足するに伴ってはじめて出てきた言葉なのか、言葉そのものは以前からあったのか?

朝日新聞夕刊の「三枝の笑ウインドー」だったかな?
いつも病院通いをしている夫が、具合が悪くなった日に行かない。何故かと尋ねる妻に、「他人に移してはダメだから」というオチがついていたような?

病院が高齢者のサロン化していると言われて、久しい。負担を重くすることで、何でもないことで病院へ行く「弊害」をなくそうという意図もあるのだろうか。いや、保険だから、病気になる以前の負担だ。


前置きが長くなった。

言葉というのは中味を表すものだが、同じことを言い表すのにも、受け取り側が不快になることもある。
その一つが、高齢者を表す言葉かもしれない。
若い人が何気なく使っている言葉で、ムッとする人もあろう。

いや、前置きが主題?で、肝心なことは極めて歯切れの悪い言い方になっている。

何を言い表すにせよ、濁音はあまり美しく響かないなぁと思ったのが、今書いていることの発端だったのだ。しかし、書いているうちに、どうでもよくなったというところかもしれない。

これは、ボツにすべきだな。


標題の「後期高齢者」という言葉だが、言い方をどうしたとしても、その中に潜む冷たさへの反応が現れていると見るべきか。

「言葉」にはかなり敏感で、あれやこれやといじくり廻す『悪癖』があるので、また話題にする可能性 大である。


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2008.05.17

海堂尊【医学のたまご】

医学のたまご海堂 尊〔著〕
出版 理論社
発売日 2008.1
定価 ¥1,365 (本体 : ¥1,300)
ISBN 978-4-652-08620-9

僕は曾根崎薫、14歳。ひょんなことから大学の医学部で研究をすることになっちゃった! 中学生なのに医学生なんてムリムリ。なのに、しょっぱなからすごい発見をしてしまったらしい…。コミカルで爽やかな医学ミステリー。

これも、ご縁があった本。朝日新聞の書評欄2月10日付「著者に会いたい」で登場。ちょっと惹かれて、本購入リストメモには、「文庫化待ち」と書いている。
すっかり忘れていたのを、先日パラパラと見ていて目に留まった。ちょうど「チームバチスタの栄光」を読んだ時だったので、文庫化を待たずに購入。

利用対象は、 「小学生 中学生」と ある。

だが、お子さま向きだといってバカにしてはいけない。「チームバチスタの栄光」と同じく、今度は少年が見た医学の矛盾を突いている。


主人公の中学生 薫の父は、高名なゲーム理論学者。そしてアメリカに住んでいる。
その為薫は、家政婦の山崎さんと二人暮らしをしている。

ひょんなことから全国テスト一位になった薫は、中学在学のまま 大学の研究室に通うことになる。薫は、通学に使うバスの中で、眼帯をした少年カイに会う。

大学には、研究医桃倉さんとスーパー高校生医学生の佐々木さんがいた。


大人に翻弄され、危うく崩れそうになる薫を救ったのは、アメリカから適切な助言を与えてくれたパパだった。
薫は勿論、桃倉さんやカイも、ゲーム大好きだ。最後には、そのゲームを解くようにして、薫は窮地から救われる。

しかしその為に、薫は大事な人を失った。成長する過程で必ず訪れる、人との別れ。
パパは、メールでこう伝えてくる。

君は大切な人を失ってしまったかもしれない、と言った。それは仕方のないことだ。何かをしたら、何かを失う。それが怖くて人は何もしなくなっていく。でもそれは間違いだ。
カオルは大切な人をうしなってしまったと考えているかもしれない。でもそれは、ほんの束の間、君の前から姿を消すだけ。
その人の心の中には、カオルが勇気を持って立ち上がった姿がずっと生き続けるだろう。君の心の中で、大切なその人の勇気ある姿がいつまでも燦然と輝いているのと同じように。


悪役と善人がスパッと描き分けてあって、大変判りやすい。
カイと佐々木さんの秘密も、比較的容易に想像がつく。

ゲームの要素を取り入れながら、専門的な説明も(多分)手抜きをせずに描いてある(と思う)。

薫が通った大学は、「チームバチスタの栄光」や「東京二十三区内外殺人事件」の舞台だった 東城大学。勿論、スカイレストラン「満天」も、おいしいうどんを提供してくれる。
そして、あの高階学長も登場して、最後の審判をする。


理論社の「ミステリーYA!」というシリーズの一冊のようだ。
横書きだというのも、現代風と言えるかもしれない。


医学のたまご
2008年2月第3刷発行


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2008.05.16

伊坂幸太郎さん、山本周五郎賞に

山本周五郎賞に今野さん、伊坂さん(スポニチ 05月15日 20:46)
「ゴールデンスランバー」は、この4月 本屋大賞も受賞している。

伊坂幸太郎さん、おめでとうございます。

朝日新聞の「ひと」欄に、登場。
内容は、ご本人によれば、

「逃げるためのアイデアを考え抜き、ハリウッド映画のような娯楽小説の直球を投げ込みました」
とある。

なぞの陰謀によって首相暗殺の濡れ衣を着せられた男が、仙台の街を逃げ回るというお話。
ゴールデンスランバー、黄金のまどろみ。彼の逃走を支えるのは、学生時代に一緒にまどろんだ、恋人や友人たちだという。こうした優しいつながりを描くのも、伊坂さんらしいなと思う。
きっと、最後までハラハラドキドキが続くんだろうな。

記事は、

「今日も小説が書けるんだという喜びをいつまでも大事にしたい」
で、結ばれている。

やっぱり、文庫化待たずに買おうかなぁ!

伊坂幸太郎 索引


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東野圭吾【秘密】

秘密東野 圭吾〔著〕
出版 文藝春秋(文春文庫)
発売日 2001.5
定価 ¥660 (本体 : ¥629)
ISBN 4-16-711006-7

【日本推理作家協会賞(第52回)】妻と小学生の娘が事故に。妻の葬儀の夜、意識を取り戻した娘の体に宿っていたのは死んだはずの妻だった。運命は愛する人を二度奪っていく…。切なさ溢れる長篇ミステリー。

最後のどんでん返しにはちょっと納得できないものの、幽霊刑事を思い出し、切なくて困った。多分、他の方にはお解りいただきにくい心境だと思う。

平介は、妻 直子と娘 藻奈美との平和な三人暮らしをしていたサラリーマンだ。その平和な暮らしは、直子と藻奈美がバス事故にあうことによって崩れる。
直子は藻奈美をかばうようにして覆い被さって亡くなり、藻奈美は奇跡的に助かる。だが、意識が戻った藻奈美が発した言葉は、直子のものだった。

なかなか受け入れられない事実を二人だけの秘密にして、直子は藻奈美として生きていく。

途中夫婦としての色々な問題を孕みつつ、直子は自分が授かった命を 悔いない生き方で生き直そうと、医学部を目指す。

ところがある日、藻奈美が戻ってきた。彼女は自分が眠っていたと思っている。そして時間が経つと、また直子に戻る。こうしたことを繰り返しつつ、次第に藻奈美は藻奈美でいる時間が長くなり、それに伴って直子は消えていくことが予想される。


「ミステリーではないな」と思いつつ読み進めて、このあたりへ来たところで、この入れ替わりについて妙な考えが浮かんだ。

もし、長男の身体に徹也が乗り移っていることがあったとしたら……。そして、交互に生活出来ていたら……。
そんなことを考えながら読了して、より切なくなっていったのだった。


広末涼子と小林薫で映画にもなっていたようで、広末が映画のことを書いていた。

東野作品索引

秘密
2001年5月10日第1刷
2008年1月25日第32刷


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2008.05.15

重松清【ブランケット・キャッツ】

ブランケット・キャッツ

ブランケット・キャッツ重松 清〔著〕
出版 朝日新聞社
発売日 2008.2
定価 ¥1,575 (本体 : ¥1,500)
ISBN 978-4-02-250397-8

2泊3日、毛布付き。我が家にレンタル猫がやってきた−。リストラされた父親が家族にささやかな夢として猫を借りてきた「我が家の夢のブランケット・キャット」など、いまを生きる孤独と救済を描いた、猫とひとの物語全7編。

いくら写真を見ても、あのダッコした時の感触を味わうことは出来ない。こんなネコがいるのなら、ためしに借りてみたい。

一番最初の「花粉症のブランケット・キャット」
子どもが授からないまま、キレイな暮らしをしてきたディンクスの紀夫と有希枝。しかし、そんな日々に寂しさを感じて、動物を飼おうと思いつく。やって来た猫は、花粉症だった。しつけがよく行き届いていて可愛い猫だが、公園で遊ばせているとネズミを捕ってきた。そんな猫の習性が受け入れられない有希枝。
おとなしいと思っていたアン(ブランケット・キャット)だったが、とつぜん……

二番目は、「助手席に乗るブランケット・キャット」
これまでの人生がずっと「ふしあわせ」だったたえ子。縁起がよくないとされる黒猫を「ふしあわせ」(通称クロ)と名づけて借りる。チマチマと暮らしてきて、年に4回、クロを連れて旅行に行くのが楽しみだった。
その彼女は……
ここでは、クロに幻を見せられる。

ブランケット・キャッツ


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わく わく

いえ、全然ワクワクしない話なんだけど。

乾燥機のフィルター抑え?の爪が折れた。
尖った折れ口が痛いので、新しい部品を注文。

いつもの電気屋さんが、ついでがあるからと持ってきてくれて話していく。

「あ、これ以前のと違いますから。
短い期間に、何度も折れたといって買いに来た人がいらっしゃったんですよ」
という話を何気なく聞いていたのだが。

さっそく取り付けて、使用。ところが、これは取り付けるときにも少し力がいるが、外すときにはかなり力を入れて引っ張らないといけないのだ。

それで思い出した。

以前の乾燥機が、この型のフィルター抑えだったのだ。
今の乾燥機になってから、爪が付いていて外しやすくなったなと感じていたのだった。確かに、爪が折れて交換するのはこれで2回目だが。


丈夫なのがいいか、使いやすいのがいいか。

爪が折れるからといっても、そんなに頻繁ではない。だが、少し価格が張る。それでも 毎日のことだから、使い勝手のいいものの方が、イライラしなくてすむ。

選択できればいいのに。


選択から、洗濯機へと話が飛ぶ。

洗濯機のフタは、以前はまっすぐ上に開けるものだった。今のは、二つ折りになっている。多分、上に乾燥機や棚を置くのに邪魔にならないようにという配慮?だろう。
だが、これを二つに折る時に、手首に負担がかかるのだ。


最近は、ドラム式を使う方が増えたのだろう。
これに関しては、一度使ってまた戻した(乾燥機を頂いた)という経緯がある。


前回の記事に、追記しました。


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2008.05.14

記事のタイトル

本のタイトルにインパクトがあった方がいいように、新聞の見出しが中味を簡潔に表す必要があるように、ブログ記事のタイトルも 大事な要素があるのでは、などと ちょっと思ったこと。


「ブックマーク」からブログの先頭に着く場合は別として、自分の場合は マイニフティ(RSSリーダー)へ毎日届く新着記事の案内(と、簡単な内容紹介)を見て、一瞬内容を想像しつつブログへお邪魔する。
本のタイトルや今回のこの記事のように、一発で判ってしまうものもあれば、タイトルで想像が膨らむ場合もある。

とすると、タイトルには、あまりマイナーなものはつけない方がいいような気もしてくる。

皆さんは、どう思われますか?


ちょっと遊び心があって、中味を読むと意外性もあり(良い意味で裏切られること)、洒落た感じのタイトルがつけられたらいいな。
勿論、中味が大事なんだけど (^_^;)


15日追記
先日若い方のブログで「7.5!」というのがありました。

お父さまのブログを通して、その方が婚約なさったことを知っていたので、もしかしたら結婚式の日かなと一瞬思ったのですが、そうではありませんでした。
(うん、ご両家ご挨拶からは早すぎるかな)

「7.5」は、指輪のサイズでした。

父上の記事にも、胸キュンとなったのでした。
若い二人が、幸せな家庭を築いていきますように!


追記 その2
上のことを書いていて、思い出したこと。

やはり若い方のブログで、お仕事のことなど 真摯な思いが伝わってくるものがありました。どういうきっかけで訪問するようになったのかは忘れてしまったのですが、時折コメントを書いていました。

マイミクさんでもあるその方から、メッセージで結婚なさったことを報せてくださいました。

こうしたことに出会えるとき、ブログをしていてよかったなぁと思います。


追記 その3(これが大事!?)

あらためて自分の記事を思い出すと

結構グチが多いのじゃないかなぁ。
と、少し反省。
と言いながら、またグチネタが……


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2008.05.13

百済観音

斑鳩の地を訪れたので、帰りに法隆寺へ寄ってきた。


中門奥に、五重塔を望んだところ。

中門と五重塔

平日だから空いているかと思ったのだが、シーズンだからだろう。修学旅行生で溢れていた。

説明を聞いている彼らをやり過ごして、百済観音に会いに行く。いつもと違う場所におられるようなので変だなと思ったのだが、平成10年に安住の地として、大宝蔵院に百済観音堂が作られたのだという。

何度来ても、うつくしいなぁと思う。
右掌も柔らかく美しいが、やはり左側からのお姿が。うっとりと見上げる。


東院へ行く前に、大宝蔵殿で秘宝展をしているので入る。
話題になった「平成の玉虫厨子」が公開されているのだ。飛鳥時代の技法で復刻された厨子と、もう一つは平成型とされるもの。
復刻版は法隆寺に奉納され、平成型は展示後高山へ戻されるそうだ。


そして、東院伽藍の夢殿。

夢殿ちょうど、春のご本尊開帳にあたっていて、久世観音を拝観出来た。中学生たちが、「何も見えない」などと言いながら、サッサと通り過ぎていってくれる。ちょっと目が慣れてくれば、お姿は見える。




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法隆寺 五重塔

五重塔2

ちとせ あまり
みたび めぐれる ももとせ を 
ひとひ の ごとく たてる この たふ
(千年あまり三度めぐれる百年を
一日のごとく立てるこの塔)
会津八一



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2008.05.12

ユスリカ

ほぼ1年ぶりくらいに、歯医者に行く。昨日よりはマシだが、それでもまだ肌寒い日だった。

夕方歩くことはめったにないので、昼間とは違う発見もある。

いつもとは、反対側からの景色。左手の向こう側が、になる。

大池ここを出た頃、ユスリカの小軍団?(蚊柱)と出会う。

子どもの頃、ユスリカの群れからなかなか離れられずに困ったものだった。走っても走っても、集団で追いかけてくる。

このユスリカの蚊柱発生は、地域としてはどのあたりまであるのだろう?


ツツジはそろそろ終わりで、バラの季節に入ったようだ。

黄色いバラ

花びらの
薔薇のかたちを
守りけり
辻 美奈子




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2008.05.11

東野圭吾【魔球】

魔球

魔球東野 圭吾〔著〕
出版 講談社(講談社文庫)
発売日 1991.6
定価 ¥580 (本体 : ¥552)
ISBN 4-06-184931-X


昭和39年。オリンピックの年、東海道新幹線が開通した年。

冒頭、その年の春、場所は甲子園。9回裏二死満塁。開陽高校の天才投手須田武志が崩れる。そして、捕手は魔球を見た。

その少し前、開陽高校のある町の東西電機で、爆破物が置かれるという事件が起きる。
そして選抜高校野球後、須田武志の珠を唯一受けることの出来た開陽高校野球部の捕手 北岡明が殺される。

一見関係なさそうな二つの事件には、巧みにはられた伏線があった。

著者は何故、敢えて舞台を昭和39年に持ってきたのだろうか。「三丁目の夕陽」で懐かしがられているこの時代は、まだ戦後のドサクサを引きずってもいたのだ。


傲岸不遜とも言える須田武志の、孤独とやさしさ。母への愛と、兄弟愛。
ふと、宮部みゆきの「パーフェクトブルー」を想起させもするが、それよりも時代を背負った彼らの生き方の方が、より厳しいものがあったろう。
ミステリーでありながら、それを超えるものを持っているのは、著者の優しい目線であろうか。

縦糸にこれらの事件を置き、横糸には野球部監督と同窓の刑事、高校教師の恋人が絡む。

高校野球を描いた、秀作である。


最終部分、24年後の須田有樹の日記は必要だっただろうか?

東野作品索引

魔球
1991年6月15日第1刷発行
2007年7月20日第45刷発行


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2008.05.10

谷村新司【昴】

Best_collection






何かを好きになれば そればかりに一生懸命になるというのは、誰しも経験がおありだろう。
のめり込む対象がカブであったり、アイドルであったりするわけだ(そうかな?)。

しかし、そこまでは行かないが 最近好きでよく聞いているのが この曲。

特に、2番の「我は行く」と主メロディーが下がってくるところで、伴奏が次第に上がって行くところが非常に気に入っている。二回目は、男性コーラスになっているところ。

nanoで、気に入りの写真をスライドショーさせながら、何度も何度も聞いている。


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米朝師匠 骨折

Yahooニュースより

 人間国宝の落語家、桂米朝さん(82)が3日夜、大阪市内で歩行中に転倒し入院した。検査の結果、第1(腰椎ようつい)骨折と判明、1カ月程度の安静が必要という。米朝事務所によると、この間に予定されている落語会は休演の見込み

前回折れたのは第12胸椎で、今回はそのすぐ下の第1腰椎。mixiのコミュでは、「(人間)国宝やから取り扱い注意」などという話が出ていた。


小米朝さんが横浜での独演会で、ネタにしていらっしゃったそうだ。
前回と同じ病院の同じ部屋で、病院からは「お帰りなさい」と言われたとか。
病室では元気で「酒無いかー」「タバコ無いかー」。これで付き添いの弟子が困り果てた話は、前回の入院時の米朝落語会で笑わせていただいた。
「体を張ってネタを作ってくれる父に感謝」 とご長男(小米朝師匠)。


さて、小米朝としては最後の高座が、7月末にある(チケット ゲット)。フェスティバルホール(リサイタルホール)での高座も、最後になるのだろう。


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2008.05.09

いい子を止めれば……

とあるブログをみて、感じたこと。拙文がお目にとまったら、ご容赦くださいね。


折しも明日は母の日。

しかし、言いたいことをズバッと言い、他人の評価など気にしない娘に育てたのは、

おかあさん、あなたなのですよ!




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海堂尊【東京都二十三区内外殺人事件】

このミステリーがすごい!2008年版








縁というのは、不思議なものだ。
処分しようと取り上げた本書(このミス)の表紙に、海堂尊という名前を見つけた。年末に読んだときには、全く気に留めなかったのに。
勿論、チーム・バチスタの栄光(08.04.24)を読んだからなのだが。

田口医師と厚労省のお役人様白鳥コンビが送るドタバタ。
東京都と神奈川県の警察は、仲が悪いものと決まっているのか?県境を越えて死体を転がしておくと、検案書の書き方が違うことで、殺人がばれないのを暴くというのがストーリー?

しかし、長編だと白鳥のはしゃぎぶりもかなり希釈されるのだが、短編だと濃厚に出過ぎて胸焼けする。
いずれ、何かと一緒に短編集に入るのだろうか。

チラッと出てきた、東城大学病院最上階のレストラン「満天」が、懐かしかった。ここでは、うどんが美味しいとは書いてないが。
この東城大学のある場所は、どこを想定しているのだろう?新幹線で冨士山が見えるところより西なのは確かだが。

実は、著者の他の作品を只今読んでいるところ。


それより、あらためて「このミス」を見てみると、「女王国の城」(有栖川有栖)の評価が高い。今すぐにでも読みたくなる。しかし、もう3時までも読んでいるのは止すことにしているので、本を開くことが出来ない。

やはり、楽しみはとっておこう!


このミステリーがすごい!


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2008.05.08

昭和タイムズ 56年

昭和タイムズ  56年表紙は、中国残留孤児初訪日調査。写真の真ん中は、母と姉に会えた残留孤児だ。
他に、「FOCUS」創刊や「北の国から」放送開始など。


殆どのニュースを知っているのは、休職中だったからだろう。
だが、その内容は殆ど覚えていない。

いや、ただ一つ、向田邦子さんが台湾航空機の事故で亡くなられたことには、衝撃を受けていた。惜しい方を失ったものだ。


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2008.05.07

ベッキーを使ってみる

Shurikenの不調は、一向に直らない。
原因の一つとして、ウイルスバスターのファイアウオールが考えられそうだが、「許可」してもうまく行くときといかないときがある。

アウトルックでは受信可能なのだから、不思議としかいいようがないのだが。

思いついて、ベッキーを使ってみることにした。
何故ベッキーかというと、一番の理由は「そのまま転送」が出来ること。
一旦ベッキーで受信したものをShurikenに転送する際、差出人から直接(しかも送信日時もそのまま)来たように出来るのだ。
これがアウトルックだったら、転送マークは付くは 送信(転送)日時はその(転送した)時間にずれるはで、イライラしていたのだ。

他にも、複数のアカウントに対応していることや 振り分け機能が充実しているなど、色々利点があるようだ。

でも、『中年期以降の初心者の方が初めて取り組むメーラとしては、難しいかな……』なんてことが書いてあるところもあった(苦笑)

シェアウェアなので、もうしばらく使ってから使い続けるかどうか決めよう。でも、多分送金することになると思う。
以前にも書いたが、このアドレスは徹也の命名だから。



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2008.05.06

夏かぜ

昼間臥せったのは、何ヶ月ぶりのことか。
いくらでも寝られるというのは、やはり本調子ではないからだろう。

こんなとき、ネコが隣にいてくれたら 幸せなのに。

Nyam_6

春夫忌の
猫の蹠(あしうら)
うつくしき
鳥越すみ子



つれあいは、今月からベターホームの「男の料理」に行きだした。
すぐに作らないと忘れそうだなどと言いながら、こんな日でも、「晩ご飯つくろうか」とは、言ってくれない。


今日、古くからの友人に、「生き急いではいないか」と言われた。
『生き急ぐ』、いい言葉ではないか。

けして そうしたことを意識しているわけではなく、好きなことを好きなときにしているだけだ。

彼女から勧められた「一日に一つ」のことを、この一日から始めた。今のところ三日坊主は脱して 続いている。
さて、どこまで行けるか!


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2008.05.05

夏は来ぬ

立夏!

起きると、喉が痛い。着る物の調整を間違えたらしく、風邪をひいたようだ。
つれあいは、下のチビさんとママを連れて出かけていった。無理をしない方がいいのに。上のチビさんは、友達と約束があるとか。だんだんと、そうなっていくだろう。

だが 静かなので、ボチボチとだが 仕事はかどる。連休は明日で終わりだ。


東京から電話が入る。気になっていた人で、ちょうどよかった。一度ゆっくり話そうといいつつ、なかなか機会を得られない。
研修会への参加をどうしようかと思っていたのだが、話しているうちに彼女も参加希望とのことで、7日に問い合わせることを約束する。
体調が思わしくないとどうしても億劫になるのを、押して貰った感じ。だが、これでその週はかなりハードになりそう。


いつもなら「こどもの日」でチビさんたちを夕食に招くのだが、今年は勘弁して貰おう。

スズラン

鈴蘭の
葉をぬけて来し
花あはれ
高野素十

お向かいからいただいたスズランが、どんどん増えている。外へ出ると、仄かに香る。


読んだ本の整理をしたいが、こんなつぶやきを書いてお茶をにごす。


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2008.05.04

目には青葉

4連休なのでチビさんたちをどこかへ連れて行く約束だった。ところが昨日の朝、つれあいがなかなか起きてこない。
どうも、めまいと頭痛ということで、様子をみる。そりゃ、夜更かししすぎだもん。吐き気はなかったようだが。

仕方ないので? 今日は本屋覗きたい病を癒すべく、手近なところでモール街へ。みなさんお出かけの故か、道はスイスイ空いている。いつも行列を作っている、反対車線のDoItYourselfの店へ行くくるまも少ないようだ。

ところが、モール街は込んでいた。どこかに吉本花月が出来るとかで、その宣伝ショーにも人だかりがしていた。
ガソリンを節約して、くるまで来なかった人が多いのかな?

無印良品で一割引セールをしているので、あれこれ見ている内に時間が経つ。あげく本はザッと見ただけで、たいして買わなかった。
結局BK1で買うことになりそうだ。


今日よりは気温は高かったが、風が心地よかった昨日の府立公園付近の緑。

山田池公園

薫風に
心を洗ふ
時を得し
伊藤柏翠



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2008.05.03

ATOKを標準に

このところ、パソコンの トラブルとまではいかぬトラブルに悩まされている。

まず、iTunesからiPodへデータを移す際のトラブル。これはまぁやり直せばすむことだが、非常に時間の無駄。


昨日オフィスアップデートをした影響か、ATOKが出てこなくなった。

こういう時、即対処法を思い出せないのが情けない。

まずはATOKを標準にすること。これは「全てのプログラム」から出来たはず。
ところが、一太郎では当然のこと Shurikenや秀丸でも使えるが、ワードでは出てこない。
それどころか、ワードでは、MS-IMEも出ない。IMEバーそのものが、タスクトレイから消えてしまっている。

ココログでも使えない。

ATOKを色々カスタマイズしていたので、これは非常に使いづらい。ブルーな気分でコントロールパネルを触ったりしている内に、何とか使えるようになったかな?

一旦シャットダウンしてから起動してうまくいくかどうか、非常に怖かった。


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八十八夜

数えれば、昨日が八十八夜だった。

昨年夏、ソバ畑と茶畑というのを書いた。

そば畑が美しいのは夏だそうだが、茶畑は今頃が美しかろう。

鉄分補給に行きたい病が、出てきている。
だが、貧血より先に、金欠である。

5月末からは、否応なく遠くまで行くことが多くなる。


めずらしく、ひっそりとした駅。お迎えの車も、まだ少ない。

直後、バスが入って来ると同時に(JR)快速が着いて、とたんに駅前は活気を呈する。午後8時半、田舎の駅ではあるが まだまだ夜はこれからだ。

駅前

たまさかは
夜の街見たし
夏初め
富田木歩



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2008.05.02

やはり メール不達

Shurikenでメールを取りに行ったとき、あるアドレス(これが主アドレス)からは、確かに受信しているのに、受信箱に入らないということを書いた(4月8日)。

そして、裏技として、ノートから取ったものをそのままの形で転送して凌いでいる旨も書いた(4月13日)。


ところが、全く久しぶりに取りに行ったメールは、ノートからも取れなくなっていた。
これは、原因がすぐ判った。このPC(デスクトップ)と同期(バックアップしたものをリストア)させたからだ。

アカウントの設定を見ても、判らない。受信(POP3)サーバーがここだけ違うのが原因かとも思うのだが、この3月までは大丈夫だったのだから。


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2008.05.01

奥野宣之【情報は1冊のノートにまとめなさい】

情報は1冊のノートにまとめなさい

情報は1冊のノートにまとめなさい奥野 宣之〔著〕
出版 ナナ・コーポレート・コミュニケーション
発売日 2008.3
定価 ¥1,365 (本体 : ¥1,300
ISBN 978-4-901491-76-1

分類・整理しても、使えなければ意味がない。日記帳、行動記録、本の感想、家計簿といった「書きもの」「貼りもの」をすべて管理できる万能のノートを作る方法を紹介し、実際に情報を使うための「一元化」管理術を伝授する。

さて、本書はかなり面白かった。いつものように、ネタの一つ(つまり物語の一つ)として購入したのだが、樋口健夫氏の 出来る人のノート術とも相通ずるところがある。
また、最近実践していることとかなり近かったのも、親しみを持った理由かもしれぬ。

著者は、業界紙記者。フリーペーパー向けに原稿執筆、写真撮影なども行っているという。
驚いたのは、1981年生まれだということ。上記のように、樋口氏の考え方と似ているところから、もっと年長者かと思っていたのだ。

さて中味だが、A6(またはA5)の ノートを一冊もって、とにかく何でも書き込んでいく。

と、一見ずぼらな管理方法のようだが、実はそうでもない。給与明細から健康診断の結果までこのノートに貼り付ける。その為の文房具については結構凝っている。
また、索引をパソコンで管理するという方法も、アナログ人間には敷居が高いところだろう。

それから一番の問題は、これらのノートを全て保存しておくことかもしれない。こうした小さなノートに、氏のようにかなり大きな字で余白も空けて書いていると、すぐになくなってしまうだろう。
チラッと出ていた写真でも、すでに大量の保存ノートがあるようだ(この辺から、もっと年長者かと思ったのかもしれぬ)。


だが 著者は、決してこれが最良の方法だと言っているわけではない。
カリスマの説くノート・手帳論は、その人にはよくてもなかなかマネが出来ない。それならば自分でカスタマイズして使いやすい方法を編み出せということだ。

取り入れるかどうかは別にして、読んで楽しい本である。表紙からして、愉快ではないか!小さくてお見えになりにくいだろうが、著者の名前は、無造作に貼ったインデックス部分に書かれているのだ。


情報は1冊のノートにまとめなさい
2008年3月20日初版第1刷発行


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