しろばんば
井上 靖 著
税込価格: 830円
出版 : 新潮社(新潮文庫)
ISBN : 4-10-106312-5
発行年月 : 2004.5
利用対象 : 一般
名家の跡取り息子、洪作は両親から引き離されて曾祖父の妾だったおぬい婆さんに育てられる—。若い魂の成長を記した井上文学の原型ともいうべき長編小説。
このつづきにあたる【夏草冬濤】は、新聞連載中に読んでいたような気がする。
著者の自伝と言われている本書だが、初めて読んだ。
母の年代よりは一回り上の世代だが、母の実家はちょうどそれくらい遅れて、この浩作と同じような体験をしていったのではなかったか。
しかし、洪作が育った土地の風物は、まだ半世紀くらい前までは変わりなくあった。
穏やかな田園風景。自然に翻弄される日々。繰り返される日常の営み。
子どもたちの世界も、同様だったろう。学校の様子こそ戦前・戦後では大きく変わったことが大きかったようだが、周りはそんなに変化していない。子どもたちの過ごし方も、多分そう大きな違いはないだろう。
しかし、幼かった洪作も、一つ一つの些細な出来事の積み重ねで、確実に成長していく。
時代は違っても、ふと追体験しているような錯覚に陥る瞬間もあった。
おぬい婆さんは祖母の姿と重なるし、さき子の死の場面では、二ヶ月前に亡くなった叔母を思い出す。
誰かが帰ってきたとき、村の人々が代わる代わる訪ねてきたり迎えに出たりする光景も、自分たちが母と夏休みにその実家へ帰ったときに味わうものと似通っている。
街道に面した祖父母の家には、道行く人たちがそのたびに挨拶をしていった。『へっ、あっ!』といった言葉も懐かしく蘇る。
村の人たちからは、「都会から来た たっちゃん(母)の子ども」という位置づけだったが。
とまれ、本書は映画【わが母の記】の元になる自伝小説という位置づけのようだが、ここでの母親像と映画の母親とは どうしても結びつかない。
勿論この頃から60年という年月が過ぎているから当然のことだが、何となく受け入れがたい。
実生活では半世紀以上経過したことでも、読む側にとってはホンの一瞬で体験してしまうのだから。
しろばんば
昭和40年3月30日発行
平成16年5月20日83刷改版
平成24年3月15日89刷
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