「終戦前日の空襲」慰霊祭、大阪・京橋駅
今日は終戦記念日。
その日を翌日に控えた14日、第8回目の大阪大空襲があった。
13日に米国から観た日本空襲のテレビ放映があったようだが、一般人を多く巻き込む空襲が激化したのは、戦争を早く終わらせるためという(米国側の)考えがあったという。
京橋駅では城東線の線路下にある片町線のホームへ避難していた方たちの中でも、その屋根を突き破って落ちてきた漠版でなくなった方がいる。
あと一日、すでに終戦になることはわかっていただろうに……。
当市までどのようにして帰ったかという話を、以前伺ったこともあった。
大阪へ来たのは昭和27年だったが、そのころでもまだ城東線(現環状線)の窓からは、森ノ宮の工場の残骸が見えていた。
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