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2017.08.24

大島真寿美他【ひとなつの。】

ひとなつの。

ひとなつの。大島 真寿美 他著
税込価格: 518円
出版 : 角川書店
ISBN :978-4-04-101565-0
発行年月 : 2014/7/25

7月のある日、「郵便」を発見したぼくの、胸がきゅんとするやりとり。映画の撮影用に借りた家に住むことになった映画監督の息子の夏…。きらきら光る刹那を切り取った、夏がテーマの短篇集。『本の旅人』等の掲載を文庫化。【「TRC MARC」の商品解説】

いかにも、夏のこのけだるい季節に読むのにふさわしい短編集だ。

佐藤多佳子【サマータイム】(09.04.18)や、西村京太郎【鉄路に咲く物語】(08.05.25)を思い出す。

【郵便少年】は、不思議な話だった。
子どもの頃に誰でもがする、郵便屋さんごっこ。
それが大人を相手に、本当に存在した。少年の、ある「ひとなつの。」体験ものがたり。


【フィルムの外】
映画の監督とプロジューサーの息子という小学生が、ロケのために借りた家に夏の間だけ引っ越してきた。
その向かいの家に住むのは、失恋したばかりの女子高校生。
二人はほぼ毎日、その家で過ごす。

それだけのことだったのだが、出来上がった映画を30年後に観た少年が、その時のことを書き綴っているという話。
他愛ない二人の会話。高校生と小学生だから、男女と言っても恋人でもなく、パートナーでもない。
ただただかったるい夏休みを過ごしたなという思い出と言おうか。


【三泊四日のサマーツアー】
母親が勝手に申し込んだツアーで沖縄の島に来た哲太は、同じく母親が申し込んでいた光圀やレオと一緒に過ごすことになる。
あと三人いるが、こちらは最初から仲良くなって、なぜか上の三人とは別行動をすることが多い。

その生意気な三人組が、島の神様の怒りを買ってしまう。

哲太は光圀やレオと名残を惜しむが、彼らと連絡することはないだろうと予感している。
こうして、「ひとなつの。」体験は終わった。


【真夏の動物園】

京都の美大を出た隆文は、色々な仕事に就いたが挫折し、郷里へ変えて私学の美術教師をしている。
産休に入る中二の担任の代わりに、京都へ修学旅行へ付き添うことになった。
自由行動の日に昼食を取りに入ったチェーン店で、独りぼっちでいる川野と出会い、そのあと一緒に行動する。

学生時代というのは、いい。
高校までと違って、いっぱしの大人になった気分で過ごせる。本当は何も判ってなくて、世間知らずであることに変わりはないのに。

川野と歩いている内に、平安神宮の前に出る。
標題の「動物園」はいつ出てくるのだろう。平安神宮まで来たから、動物園に行くのだろうか?

しかし違った。
動物たちは、隆文の卒業した大学学舎の裏っかわに、彼らが卒業前に描いたままでひっそりと存在していた。

なんだか人生について凝縮して語られているようでもあり、しかしこれからのことはまったく未知数のままだ。


「大学時代というのはいつでも夏のようだ」という隆文の述懐が、しみじみ染みてくる。

隆文はまだ30代前半だから、これからもっと色々な季節を通っていかねばならないだろう。

つかの間の、この「ひとなつの。」経験が、楽しい思い出になりますように。


【ささくれ紀行】は、ずっと大人になってから思い出している浪人時代の旅の記録だ。

予備校もサボってどこかへ行きたくなった僕は、青春18切符で始発の列車に乗り、ひたすら乗り継いで広島まで行く。
そこでちょっとした体験をして、三日目には広島から小倉まで行き着く。

小倉からは引き返すのだが、そこで大きな冒険をしてしまう。


この山陽線で西下するのは、一昨年山口から小倉行きで乗ったコースだ。


真夏の各駅停車は、子どもの頃の越美南線の記憶と重なって、懐かしい光景だ。

どの短篇も、けだるい雰囲気をまとっていて、真夏の雰囲気に合っていた。
修学旅行から帰れば日常に戻る【真夏の動物園】以外は、この夏に出会った人たちとは二度と遭遇していないという点で一致している。

それぞれに二度とない、まさに「ひとなつの。」体験だったのだ。


その夏もいつの間にか去って行くようで、あわてて本書をアップしておく。


ひとなつの。


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