「こども食堂」の名はもう使わない 名付け親が感じてきた疑問と怒り
「こども食堂」の名はもう使わない 名付け親が感じてきた疑問と怒り
「こども食堂」の名付け親が、「ちょっとちがうのではないか」という違和感を抱かれていて、それを「言わなければならない」と発言なさった。
「近所のおばさんのおせっかい」という気持ちで始めたことが、あっという間に広がった。
それ自身はいいことだろうが、「だからといって、子ども食堂でなんらかの問題を解決しようと考えるのはおかしい」と仰る。
自分も感じていたので、まったく同感だ。
「大事なのは子ども食堂という『活動』ではないですよね。子どもであり、子どもを育てる親こそ大事なはずです。だから、当事者が置かれている状況を改善しようという議論は不可欠です。それをせずに、子ども食堂の数や利用者を増やすことが目的になっていないでしょうか」
根本的なことを解決せず、「こども食堂」がふえればいいというのはおかしいと。
企業が「何かお手伝いを」と申し出てきた時も、「この子どもたちの将来でかかわってほしい」と、目の前のことだけではない未来を見据えて欲しいと願っておられる。
やたらと「女性」や「子ども」への施策が取り出されることがあるが、本来解決すべき事から遠ざかっていないかなと考える昨今だから。
画像は6年前の今日、南海電鉄高野線から見た大和川。
| 固定リンク
「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事
- スカッとする話?つづき(2026.04.16)
- スカッとする話?(2026.04.13)
- 思い込み(2026.04.07)
- 昭和のなごり:消えゆくもの(2026.03.29)
- 勝者の罰ゲーム(2026.03.25)




コメント