いただきます!
takoさんのところで読ませて頂いた「『いただきます』って言ってますか?」について考えるについて。
もともとは、TBSラジオ「永六輔その新世界」をいう番組での、昨年秋の話題に端を発している。
この番組に「給食費を払っているのだから、子どもに頂きますをいわせないで欲しい」と学校に申し入れた母親がいるという手紙があったのだそうだ。
これに対して永さんは、手を合わせるという行為に対しては疑問を呈しながらも、ご自身は「ものの命を頂きます」の「頂きます」だと仰有る。話の発端になった母親の考えを、「いただきます」を言うかどうかを、物事を売る、買うという観点で決めているのだろう、売り買いはビジネスだから「ありがとう」という気持ちは入ってこないという考えも認めなければと仰有っている。
takoさんは、
あいさつというのは全てこの「一緒にいるひとへの気持ち」の問題じゃないのかな。という視点であいさつをとらえていらっしゃる(詳しい引用をしていないので、出来れば元記事をご参照下さい)。
自分は何気なくいつも「いただきます」を言っている。一人での外食でも、箸をとるときに小さな声で一応言う。お会計の時には「ごちそうさま」と言って出る。「いただきます」は、永さんとおなじ「ものの命を頂きます」だし、「ごちそうさま」は関わってくれた人への感謝というほどではなくても挨拶だ。
幼い頃特に教えた記憶はないが、遅く帰宅して一人で食べる息子も「いただきます」と言って箸をとっている。
ところで、「給食費を払っているから頂きますを言わせないで」ということに関して。
外食は、確かにそうだろう。カネでものを買ったのだから、そういう考え方もありだろう。
だが、この母親は、子どもが食べている給食一食分を全て支払っていると思っているのだろうか。好き嫌いや好みはあるにせよ、一食200円以下で食べられると思っているのだろうか。
原材料費に関して言えば、米・粉(パン)・牛乳代には、国や地方自治体の補助がついている。
それに、栄養士や調理員の人件費及び調理にかかる光熱費は、まるまる税金からではないか。
税金を払っているのも国民だから、結局は自分たちが払っていることに代わりはないと言われればそれまでだが。
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takoさんの記事に、トラックバックさせていただきました。
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